闘病生活

2015年3月21日 (土)

診察の後の寄り道の件

そんな訳で、3月20日(金)に主治医の診察を受けた後、私は何度か治療の為に訪れた「通院加療がんセンター」に足を運んでみました。

受付で、「以前ここで治療を受けていたこと」「新年度に転勤することになったこと」を伝えて、お世話になった看護士さんのお名前を告げて呼んでいただきました。

すると、見覚えのある笑顔happy01で2名の看護士さんがスタッフステーションの奥から出て来られました。

「そろそろボクの顔を見たがっているだろうと思って、ちょっと寄ってみましたgood

などと、入院していた頃、通院加療していた頃の意味不明な「サービス精神」全開になった私に対して、彼女らは

「さっき丁度二人でオヤマさんの話をしていたとこなんですよlovely。外来の患者さんのリストでお名前を見つけてね・・・」

う~ん・・・。やっぱり人間って「第六感」的なインスピレーションというか波長というか、科学的には説明できないような何かを感じることってあるんでしょうかね・・・。

初めて私がこのセンターを訪れた時に私が着ていたTシャツ(胸筋倶楽部「闘病Ver」)を見たときに、病名が英語でバックプリントされていたことが印象的だったという看護士さん。やっぱりあのTシャツって医療関係者にとってはセンセーショナルだったんでしょうか。

CT検査の結果、私の腫瘍はまだ残っていましたが、「通院加療がんセンター」に「寄り道」した時のこのやりとりで「自分を支えてくれる人がここにもいたんだweepと改めて認識した私、腫瘍がこの時また縮んだ気がしたのでしたscissors

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2014年6月 8日 (日)

ひとつの「偶然」に「運命」を感じた件

「出稼ぎ先」のここコーフ、今日は雨も止んでまったりした日曜の朝ですcloudsun

おはようございますnote

先日、アイルランドから来ているプロレスラー、ショーン・ギネス選手にもプレゼントした、私が昨年入院中に作った「胸筋倶楽部・闘病version」のバックプリントはこんな感じでした。

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このデザインのもとになっているのは、第二次世界大戦中に英国政府が国民に向けて発信したこのポスター。

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さて、私の息子・Joeは、「Joe Cool」というSNOOPYが変装するキャラクターを好んでいるようで、そのデザインのTシャツを選んで着ているそうですが、その中の一枚のバックプリントがこんなデザインだそうで・・・

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これは偶然以外の何物でもないのですが、「運命」とか「血筋」を感じてしまいます。

何故か、とっても強い勇気をまたもらえた気がするんですよねgood

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2013年10月11日 (金)

退院後、病気に対する考え方が変わりつつある件⑤

「これから20年間、全力で生きる」

そう決心したことで心の整理はついたように思います。

いや、「ついたように思う」のではなく、心の整理をつけるためにそう考えたんですよね。

自分なりの人生の「〆切」を決めると、その「〆切」に向かって意欲的になることができます。

目標にした20年間という月日を無事に乗り越えることができたとしたら、65歳からの人生は「ボーナストラック」なんです。

「自分の人生」をひとつの「ドラマ」だと考えると、その「ドラマ」の主人公も監督も演出も、すべて「自分」です。

私は自ら望んでこんな病に向き合うことになったわけではありませんが、今こうして病と向き合うことは誰でも経験できるものではありません。私は「がん」に分類される病気にかかったことで偉くなった訳でもなんでもないですし、この事実を周りの人々に「ひけらかす」つもりも私はまったくありません。

でも、一日一日を一生懸命に生きて、この病に向き合っているからこそ得られる「経験値」を糧にして「自分の人生」という「ドラマ」の「本編」をまずは描いていこうと思うんです。自ら望んでそうします。

明日から3連休です。「太陽系最高の快適空間」でしっかりと心をリフレッシュして、「自分の人生」という「ドラマ」の構想をじっくり練ってきます。

(この項 終わり)

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2013年10月10日 (木)

退院後、病気に対する考え方が変わりつつある件④

「闘病」ってなんだろう?って自分が強く感じ始めているのに、記事の「カテゴリー」は何故か「闘病生活」になってしまってますね…。

さて、このブログを読んでくださっている方々の多くは、私という人物を直接ご存知の方だとは思うんです。私を直接ご存知の方が読んでくだされば、文字に表されている以上の私の「想い」をご理解くださっている方も多いような気がします。

そんな中で今日、故郷のとある同級生から昨日の記事についてご指摘をいただきました。

「残りの人生」じゃなくて「これからの人生」だろ!

と。

確かにその通りなんですよね。この病気に直面していて、私は少しも「悲観的な気持ちはない」のですが、同じことを表現するにしても「残りの」と「これからの」では、意味がまったく違いますよね。

「残りの」という表現をしたことに、私の心のどこかで「悲観的」もしくは「否定的」な考えがあったのかも知れませんね…。

それはさておき、私が「出稼ぎ先」に戻って来る日の二日前、先月の26日に「大曲昭和43年会」の仲間が私の為に「激励会」を催してくれた際に、一応形だけ「スピーチ」する機会をいただいたんです。

その時、私はその前日に甲府から大曲に向かう電車の中で巡らしていた自分の想いを少し述べました。

「治療を終えたとしても、その先は再発や他の臓器への転移の可能性も残される。だとしたら、これから20年間を全力で生きようと思う。今から65歳まで生きることができたら、同級生の皆と還暦の祝いもできる。会社に定年までいたら、65歳までは残り5年しかない。だったらやっぱり住宅ローンを返済したら定年まで会社なんかにいないで、さっさと大曲に帰って来て、皆と大曲を元気な街にして行きたい」

そんな意味のことでした。

正直言って、「これからの人生」の期間として設定した「20年間」には何の根拠もありません。本当に「感覚的」な数字なんです。「濾胞性リンパ腫」の生存率、諸説ありますが、もしかしたら「20年間」なんていう楽観的な数字ではなく、「10年間」かも知れません。

それでもいいんです。とにかく「自分の目標」としての「これからの20年間」だと考えればいいんです。

「20年間」という「期限」とか「〆切」を設定したら、あとは毎日を「全力」で生きて「全力」で楽しむといいんですよね。私がこれまでに何度か使っている表現、「生きることに貪欲になる」ってこういうことなんでしょうかね。

そして、これは例の「鉄人」「絶対王者」と呼ばれた人物の「引退試合」の実況からの引用ではありますが、

「諦めないこと、一生懸命生きること、本当の強さとは何か」

を私の人生に関わってくれたすべての人に、自分なりに伝えたいと強く思います。

こういうことって、なかなか人には伝わらないことかも知れないんですよね。でも、少なくとも私は自分の家族には絶対に伝わると信じているんです。

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2013年10月 9日 (水)

退院後、病気に対する考え方が変わりつつある件③

私が秋田大学医学部附属病院を退院した9月17日から「出稼ぎ先」の山梨県甲府市に移動するまでの約2週間、私は自分にとっての「太陽系最高の快適空間」である「愛する我が故郷・秋田県大曲」の自宅で家族と共に自宅療養生活を送りました。

この約2週間の自宅療養生活では、ほぼ毎日決まった時間に起きて家族で朝食を摂り、子ども達を学校に送り出し、日中は近所にある私の実家を愛犬・OREOと共に訪れ仏壇の前で祖父母に手を合わせ、両親とコーヒーを飲み…。

家族と一緒に暮らしていた頃でも、私は平日の夜に家族揃って夕食を摂ることは殆どできませんでした。でも、この自宅療養期間には「平日の夜に家族揃って夕食を摂る」という、世間一般ではごく当たり前の風景が我が家にも普通に見られるようになっていました。

「あぁ、これが普通の家庭の風景なんだろうなぁ」

そんな印象を強烈に持ったんですよね。少なくとも、私が高校卒業まで過ごした実家では「平日に家族揃って夕食を摂る」ということが普通の風景でした。

こうして、退院から職場復帰までの約2週間を自宅で家族と共に過ごしたということも、実は「治療の一部」でもあったのかなとは思うんですよ。

そんな中で、9月25日に今後治療を続けることになる甲府市内の病院の主治医から、私が向き合う病「悪性リンパ腫」(タイプ的には「濾胞性リンパ腫」)についての説明を改めて受け、そして移動の新幹線の車中で「がん患者と余命」に関する本を読み、自分の気持ちの整理がついたような気がするんですよね。

「濾胞性リンパ腫」というタイプは、悪性度は低く、病気の進行も年単位なんです。自分自身がそうであったように、自覚症状も殆どないんです。

しかし、強く叩いても治療効果が得られる類の病気でもないことから、「完治」はしにくいという一面も持っているんです。そして、一旦小さくなった腫瘍がまたぶり返す、いわゆる「再発」のリスクもゼロではないそうで…。

こうした様々な「情報」を自分なりに整理した結果、私は「病気の治療に前向きに取り組む」というよりも「生きることそのものに前向きになるためにはどうしたらいいのか」を本気で考えるようになったんですよね。

「この病気にかかった事実は覆らないし、まだまだ再発リスクも残されている。だったら自分の残りの人生、どうやったら前向きに楽しく歩んで行けるんだろうか」

って。

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2013年10月 8日 (火)

退院後、病気に対する考え方が変わりつつある件②

8月13日から9月17日までの36日間の秋田大学医学部附属病院での入院生活、ここでも何度も書いてきた通り、本当に貴重な日々でした。

とにかく、自分にとって「快適な環境」で治療生活を送ることを最優先に私は考えていたんですよね。そしてその「快適な環境」は、「自分で創り出すもの」だと思っていたんです。

「自分で創り出す快適な環境」というのは、特別な努力が必要ではなかったし、難しいことでもなかったです。可能な範囲で自分の「こだわり」を実行するだけなんです。

病院貸出のパジャマを着ないことも、必要以上にベッドの上で過ごさないことも、しっかりと食事を摂ることも、普段は買わないような経済雑誌を買って読むことも、病室内に常に心地よい香りを漂わせることも、そして担当の先生方や看護師さん達や看護助手の皆さん、病室の清掃担当のスタッフの方々、つまりは私の治療に関わってくださるすべてのスタッフの皆さんに常に最高の敬語と心からの笑顔で接することも、「快適な環境」を創り出すための「こだわり」だったんですよね。

そして、36日間の入院生活で私は殆ど「痛み」という苦痛をまったく感じることがなかったんです。「肉体的な苦痛」が一切なかった結果、「精神的なゆとり」が生まれて自分の「こだわり」にも無理なく自然に拍車がかかっていたようにも思えます。

また、手厚い医療保険に加入していたため、入院費用をはじめとした医療費全般に対する不安が一切なかったことも「精神的なゆとり」を更に広げていたんですよね。病気になった時の「お金」って、やはり大切なんですよね。

様々な要素が絶妙に絡み合って自分の気持ちは果てしなく前向きになり、「病気には負けない」とか「絶対に勝つ」とか、そういう積極的な言葉が自然と出るようになっていました。

「こだわり」の入院生活の中では、日常生活ではあんまり時間を割かなかった「読書」にものめり込みました。「のめり込んだ」という程ではなかったかも知れませんけどね。

何冊かの本から感じたことを自分なりに消化しながら、退院後の自宅療養生活で家族と貴重な時間を過ごし、その間にカイシャの産業医との面談があったり、「出稼ぎ先」の病院の主治医の診察を受けたりする中で、私の「悪性リンパ腫」に対する考え方や人生そのものに対する考え方に少しずつ変化を感じるようになったんです。

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2013年10月 7日 (月)

退院後、病気に対する考え方が変わりつつある件①

まぁ途中、1日半の休暇を取りましたけど私がショクバに復帰してから1週間が経過しました。

体力的には何ら負担感は少しもありませんけど、カイシャからの「命令」なので「18時退出」という、世間一般では、ごく当たり前の生活を営む機会を与えられているんですよね。

私がこの病を患って以来、入院中はとにかく気持ちを前向きに保つことだけを考え、「闘病」という言葉を好んで使い、病気に「負けない」とか「絶対に勝つ」とか、そんな「激しく勢いのある表現」を用いて自分の気持ちを書き綴る自分に酔っていた傾向もありました。

確かに、入院生活を送っていた頃の自分は、「こんな病気に負けていられない」という気持ちが強かったです。強過ぎましたね。

「病気と闘う」とか「病気に勝つ」って何なんだろう。

秋田の病院を退院してからの約2週間、大曲の自宅でのんびりと療養しながら、そんな考えが自分の中では徐々に大きくなっていたようにも思うんですね。

「病気と闘う」というよりも、「病気と向き合う」とか「病気と付き合う」とか、そんなスタンスが本当は正しいのかな?という気持ちにもなって来ているんです。

自分自身の気持ちを整理するという、「自分の都合」だけで今日からしばらくはそんなことを少しずつ書き綴っていこうかと考えています。

なので、もしかしたら今までのような、軽い調子で時にはチャラく、アホみたいなトーンの文章をしばらく引き出しにしまって置くかもしれませんが、そこはご理解ください…。

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2013年10月 5日 (土)

2泊3日が終了した件

今日の午後、化学療法「第3ラウンド」を終えて退院、無事に帰宅しましたhouse

今後は、3週間に一度のペースで「通院加療がんセンター」にて外来にて治療を続けることになりますconfident

正直、今回の入院なんて「入院」のうちには入らないようなもんですけど、これも「区切り」なので今夜はささやかながら自分で自分の退院を祝いました。winebeer

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秋田に入院中に「キューピー3分間クッキング」で覚えた「茄子とタコのアンチョビ炒め」とか、マサカツおじちゃんのお家からいただいた「茄子漬」とか、「わいわい広場」でマイケルから買って来た「ポーランドのソフトサラミ」とか、「無印良品」のプレッツェルとか、最近何故か「フランスづいている」のでcoldsweats01カマンベールチーズと赤ワインとか(但し、ワインはチリ産ですけどね…coldsweats01

とにかく食べたいものを何の躊躇いもなく並べて独りで完食したのです。

こうしてこれから病に向き合う心を整えて…

まぁ、笑いながら生きていきますよhappy02

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今日は退院する件

おはようございますsun

やまなしの空はどんよりしていますが、オレの心は快晴ですsun

ホントは眠いんですけどね…sleepy

明け方から例のフランス人とのメールによるチャットが続きましてね…
こういう脳への刺激、悪くないですね。

さて、今日は間もなく点滴三連発がスタートして午後には家に帰る予定です。
昨日懸念していた、リツキサンによる発熱も今回はなく、順調ですsign03

さて、今夜は赤ワインと牛肉で「ひとり乾杯」だな~。

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2013年10月 4日 (金)

第3ラウンド初日終了の件

本日、化学療法「第3ラウンド」初日が終了しました。
今のところ、順調ですね…。

順調と言いつつも、漠然と感じられるこの「アウェー」な感じは一体何なんすかね…。

主治医である女性の先生とは、なかなか良い会話していて良好な人間関係を一瞬で築き上げましたよ。
私のこの体型や風貌に
「何かスポーツやってらっしゃいますよね」
と食い付いてきた先生に私も
「あっ、見破られましたか!先生もマラソンか何かやってらっしゃいますよね」
と逆襲したところ、マラソンどころかトライアスロンをやってらっしゃるそうで…。
先生、私が山梨にいる間にバイク(自転車)を始めることを勧めてました。

こんな「オレ好み」の会話を主治医とできても感じる得体の知れない「アウェー感」。
故郷の「老舗菓子屋の若旦那」がFacebookでくれたメッセージの通り、
「アウェーでの一人の闘い」
ではありますが、乗り越えますよ(^^)v

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