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2013年10月

2013年10月31日 (木)

期待していないことが起こると嬉しいと思う件

9月17日に私が秋田大学医学部附属病院を退院する時に、撮影した「記念写真」camera

スタッフの皆さんへのお礼のお手紙を添えて、先週やっと投函したんです。

そのお礼のお手紙、徹底的に「自分らしさ」全開の文章でconfident

そして、一緒に写真に納まってくださった皆様お一人お一人にもお礼のメッセージカードを付けたんですね。

今日、帰宅して郵便受けを開けてみると、そこには病院の封筒が一通入っていました。

Dsc09975差出人の欄には、主治医の先生の苗字が記されていたんです。

その封筒、開封してみると一枚のカードが出てきました。

私はこういう反応を期待して手紙や写真を送った訳ではありませんが、このような「期待していないこと」が起こると嬉しいもんですね。

ちょっとしたところで感じる、「心のつながり」の温かさ。いいですねconfident

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2013年10月30日 (水)

「マスクマン」として生きている件

本日、化学療法の「第4ラウンド」を無事に終了しました。

白血球数(WBChappy01の減少をはじめとした「骨髄抑制」という副作用が発症するのはこれから2週間後辺りになりますが、これまでも軽めに済んでいたので、私は今回もその流れで乗り越えられるものと勝手に思い込んでいますよ、ええconfident

とは言いながら、今の私は「感染症」に対して細心の注意を払わなければならないことには変わりありません。油断大敵なのですdanger

そういう訳で、毎日会社ではマスクを着用しています。

そう、私は職場復帰以来「マスクマン」として生きているのですhappy02

最初は白いマスクを地味に着用していた私ですが、こういう状況でも「人と違っていたい」という持って生まれた性質が黙っていない訳です。

そこで…

Dsc09973

ちょっと変わったマスクを買い集めてみたくなるんですよcoldsweats01

今日の治療の際にも、ネイビーのマスクに看護師さん達が食い付く食い付くdash

医療スタッフの皆さんとのコミュニケーションをスムーズにするためのツールとしても有効なんですねhappy01

因みに私、「マスクマン」として生きている以上、「素顔」を簡単には他人に見せちゃいけない訳ですねhappy02

そういう勝手な理屈のもと、他人には見せないマスクの下には、半分程は「白髪」になっている「顎鬚」を隠してま~すhappy02

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2013年10月29日 (火)

朝から元気になる言葉に触れた件

私、毎朝6時半迄には起きて、多少自分の手を動かして朝食を準備して、それを摂り、朝食後にゆっくりとコーヒーを飲みながらインターネットで朝の情報収集を行なうことが「日課」になりつつあります。「新聞代わり」なんですよね、インターネットは。

最近は、facebookを覗いて朝から元気になる言葉に触れる機会が増えていて、それが毎朝の楽しみになっています。

今日は、別々のページで紹介されていた、2人のサッカー選手の言葉に朝から心が震えました。

「なれるかどうか」という根拠を探す必要はありません。

「なれたらどれだけ嬉しいか」とイメージすることが、夢をかなえるスタートなんです。

(澤穂希)

人生と経営に役立つ名言・格言・いい言葉 より

【感謝の心】

どんなにハードなトレーニングも、

これを達成すれば、前進出来ると思えるから頑張れる。
...

わずかな一歩であっても嬉しい。

小さな幸せを意識するからこそ、努力も継続できる。

幸せを感じれば、気持ちも自然とポジティブになる。

冷静に現実を見つめる力も必要だけど、

悲観的な感情はマイナスになるだけだ。

「ありがたいな」と思う気持ち、感謝の心を持つことは、

そういう小さな幸せを手にするチャンスをたくさん作ってくれる。

成長するために、感謝の心は必要不可欠なんだ。


(長友佑都)
「サッカー選手の言葉は心に響くものが多い」という話をどこかで聞いたことがありますが、今朝出会ったこれらの言葉は本当にその通りなんですね。
特に、後者の長友選手の言葉は、私が秋田で入院していた頃に考えていたことそのものに近いので、共感するとともに感銘を受けたんです。
そんなスタートを切った今日は、化学療法の「第4ラウンド初日」でした。
主治医との診察では、
「オヤマさんは骨髄抑制がかなり軽いですから問題なさそうですね」
というコメントをいただきました。
また、「第4ラウンド初日」のメニューであるリツキサンの投与の結果懸念される「インフュージョンリアクション」と呼ばれる症状(初めてリツキサンを投与した時に高熱が出た、あれですね)も、前回の治療から発症することもなく、今日も難なく終えることができました。
明日は「第4ラウンド2日目」です。明日も朝から「心の栄養」をしっかり摂取して、果てしなく前向きな気持ちで治療と向き合ってきます。confident

 

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2013年10月28日 (月)

飛行機の窓から見た景色が美しかった件

昨日、「愛する我が故郷・秋田県大曲」から「出稼ぎ先」のコーフに向かうため、東京行きの飛行機に乗った私、窓際の席から見た外の景色があまりにも美しかったので、思わずカメラに収めましたcamera

Dsc_0224


こういう景色を見ると、秋田県を離れて「出稼ぎ先」に向かう時の多少「落ちた気分down」もリセットされます。

移動中に見えるもの、聞こえるもの、そして考えること、いろいろあるんです。

だから800㎞近い距離の移動は、まったく苦にならないし、疲れないし、自分にとっては貴重な時間、楽しい時間なんですよね…confident

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実家の近所の人気ラーメン店の件

私にとっての「太陽系最高の快適空間shineから徒歩3~4分程度の距離に私の両親が暮らす実家があります。今の季節的には「いものごじる(※)が冷めない距離」と表現したらいいんでしょうか…。

(※)「芋の子汁」:里芋(=芋の子〈発音は「いものご」〉)を鶏肉やこんにゃく、牛蒡、きのこ類と一緒に鶏ガラで取ったスープで煮込んだ醤油ベースの味のこの季節特有の秋田の郷土料理の一種

んで、実家まで向かう途中に「大曲ラーメン」という看板を掲げたラーメン店があります。私の実家の並び、実家から数えて5軒目ぐらいの交差点の角です。

この、何の「ひねり」もない「そのまんま」の名前のラーメン屋さん、いつも昼時にはお客さんが絶えない地元の人気店なんですよね…。

「大曲ラーメン」については、だいぶ前にもここで話題にした記憶がありますが、昨日のお昼に突然「大曲ラーメン」のチャーシューが食べたくなった私、一人で行ってみた訳です。

Dsc_0223

日曜日のお昼時、ほぼ満席でしたが一人なのでサクッと座れました。

「ネギ南蛮チャーシュー麺」なるメニューを注文した私、いかにも「ブログに載せます」または「facebookに載せます」的な様子を醸し出すのを嫌って、ラーメンの写真を撮ってませんconfident

ここのお店のラーメンの特徴は、トロトロに煮て味がしっかり浸み込んでいるチャーシューでしょうね。

これまでの人生で、かなり特徴のあるラーメンを数多く食している私にとっては、どちらかというと「まぁ普通に美味しいラーメンnoodleという位置付けになってしまう味なんです、正直言うと。

でも、な~んだかたまに食べたくなる味になってきているんですよね。

「大曲ラーメン」という素朴な名前が気になっちゃうんですかね…。happy01

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2013年10月27日 (日)

医学的根拠とは別次元な件

「愛する我が故郷・秋田県大曲」で週末を過ごした私、先程「出稼ぎ先」のコーフのシャタクに無事に帰ってまいりました。

帰路は飛行機と電車を乗り継いで(空港までは「パン職人」に送ってもらっているので、正確に言うならば「クルマと飛行機と電車を乗り継いで」ですかね)、移動した距離は800㎞弱。

こんだけの距離でそりゃあ時間もかかるけど、「週末に大曲に帰るのも治療の一環」って私は考えているんすよね。

病気、それも私のような「がんの一種」みたいな病気に向き合っていると、いつも言うように「どんだけ気持ちを前向きに、心を強く持っていられるか」が大事なんすよね。

これって、医学的根拠なんて1ミリもない話なんです。でも、そんなことは「その病気になった人間にしか解らない」、感覚的な次元の話だと私は思うんです。

コーフから大曲までの移動の時間にいろいろと考える、真剣なこともくだらないことも。

自分にとっての「太陽系最高の快適空間shineで家族とコントのような日常会話をして笑って、一緒に食事して、自分が夏に割りまくった薪でストーブ焚いて、しつこい愛犬と遊んで…。

同級生と会って、思いっ切り秋田弁しゃべる、ベタベタな秋田弁で。

こういう一連の行動を取ることによって、もっと言えば「大曲の空気を吸うだけで」私の腫瘍は縮むような気がする訳ですよ。

医学的根拠とはまったく別次元の話でしょうけど、こういうメンタル、必要ですよ。絶対にconfident

こんな「治療」を自分で施した週末ですが、今日は空港で自分に「お土産」買ってきました。

Dsc09972

これをまた明日からのエネルギーに、日々を大切に生きて行こうかと。

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小は大を兼ねる件

秋田で入院生活を送っていた頃は、「時間という資源」が無限にあるかのような環境の中で、ブログを一日に3回更新することも珍しくはありませんでした。

日常生活に戻ってからは、一日に3回どころか、三日に1回程度の更新になったりすることもある訳で、いつもここを覗いてくださっている方に場合によってはご心配をかけてしまったりしているようです。

今思えば、「入院生活という非日常的空間」では、コーヒーショップ前のオープンスペースで焼きビーフン食べているおばあさんがいたり、コーヒーショップのお兄さんやお姉さんとの会話が楽しかったり、病棟の看護師さんがキレイだったり、回診で病室を訪れるお医者さんが私の喜ぶツボを的確に押さえた「突っ込み」をしてくれたり、それはそれは「ネタ」には事欠かない毎日だったんですよね、ええnote

また、今思えば「非日常的空間」においては自分自身の「ネタを探す感覚」もいつもよりも敏感になっていたんでしょうねhappy01

それはともかく…。

私、最近になって、ある生活習慣を変えたんです。なんてことない、トイレで「小」の用を足す時にも座って済ますようになったんです。

きっかけは、自宅療養中に映画館で観た「そして父になる」の中で、福山雅治が「取り違えられた自分の本当の息子」を試験的に自分の家で生活させる際に、

「トイレでオシッコする時には、座ってするようにね」

的な指示をするシーンがあったことなんですけどね。

そこで勝手に「上品な男性は座って小を済ますんだ」と私は思い込んだ訳ですconfident

それ以来、自宅やシャタクで「小」をする時は必ず座るようになったんですが、今朝、「太陽系最高の快適空間」である自宅で「小」をしようとトイレに入ったところ…。

思いがけず、「大」のボルテージも上がって「一石二鳥」になった訳ですね。

「大は小を兼ねる」という慣用句が世の中にはありますが、「小も大を兼ねる」場合もあることを知ったんですよ、ええ。

ただそれだけの、「オチ」がまったくない話なんですけどね。

やっぱり入院中の方が面白い話が思いついていましたね~coldsweats01

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2013年10月26日 (土)

薪ストーブを試運転した件

昨夜、東京駅八重洲口の高速バス乗り場から秋田方面行きの深夜バスに乗り、「愛する我が故郷・秋田県大曲」に到着したのが今朝7時45分頃でした。

10月下旬でどことなく肌寒い大曲。私は「太陽系最高の快適空間」である自宅で薪ストーブの試運転をしてみました。

今年の春先から夏にかけて、近所の住民に警察に通報されながらもcoldsweats01チェーンソーを唸らせて伐り分けた丸太を斧で割り続け、先月退院後にスキンヘッドを日光に当てながら全ての丸太を割り終えて仕上げた「薪」をストーブに入れて火を点けてみたのです。

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薪ストーブの炎は家の中を暖め、そして家族の心も温めますねconfident

今や、コンピューター制御の暖房がいくらでもある世の中ですが、「見ていて心が温まる」という「機能」は、こういうクラシックな暖房にしかないんですよねconfident

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2013年10月24日 (木)

木でできたものは優しい件

最近、「お気に入りのお店」で購入した木製のトレイ。

Dsc09971

材質は「メープルmapleだそうです。

木で作られたもの、食器やキッチン用品に何故か「温もり」を感じるんですね。

んで、数日前に通販で注文した品物が今夜届けられました。

(これは直接関係ない話ですが、最近は女性の宅配便配達員が多くなりましたね)

Dsc09970

「ひのき」
のまな板です。

「ひのき」の香り、心が安らぎますconfident

いいですね…confident

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2013年10月21日 (月)

SL秋田こまち号

先週、帰郷した際に「秋田デステイネーションキャンペーン」の一環で「SL秋田こまち号」の運行があり、見物してまいりました。

(↑終盤の1分足らずが見どころですcoldsweats01↑)

遠くに汽笛が聞こえてから近くにSLが現れるまでの「ドキドキ感」、たまらなかったです。

大曲から東京まで3時間半程度で駆け抜ける新幹線も便利ですけど、こういう「クラシック」をたまに見るのも心が豊かになるように思えます。

汽笛の音、石炭の匂い。

いいですね…。

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2013年10月20日 (日)

秋田弁滅亡の危機!?の件

私、完璧な「バイリンガル」なんです、はい。「標準的日本語」「秋田弁」confident

そりゃこの世に生まれてから高校卒業して秋田県を離れるまでの19年近い年月、毎日毎日「バリバリのネィティブ秋田弁」を聞き続け、そしてしゃべり続けていたら否応なしに体に染み付く訳ですよ、「秋田弁」が。

「秋田弁」という言語は、単語そのもの、発音、アクセント、イントネーション、どれを取っても、全く「秋田弁」を知らない人が聞いたら、まるで外国語に聞こえること間違いありません。

秋田県在住歴3年目になる「パン職人」は、様々な場面で年配の方の「超ド級のネィティブ秋田弁bombに触れる場面があり、「会話が成立しない」という惨事を経験することもしばしばあったようです。

県外出身者にとっては、もはや「外国語」である「秋田弁」ですが、私にとっての愛すべき「母国語」であるこの「秋田弁」に、最近ある種の「危機感dangerを私は覚えているのです。

私の子ども達、JoeAnnaも二人とも「秋田弁」を話しません。というか、話せません。

2年前に秋田県に「移住」して、家には「秋田弁」を話せない母親がいるのですから、彼らが「秋田弁」を話すことができないのは無理もないと思うのですが・・・

数ヶ月前、私がJoeの卓球の練習試合の会場に彼を迎えに行った際、彼のチームメイト4人も一緒に車に乗せて大曲に向かう車中、彼らは一人も「秋田弁」を話していなかったのですwobbly

JoeAnnaに聞くところによると、小学校でも中学校でも、今や「秋田弁」を話す児童や生徒は殆どいないそうです。

私が小・中学生の頃は、「秋田弁」圏外もしくは「東北弁」圏外からの転入生はともかく、秋田県に生まれ育った子ども達はほぼ全員「秋田弁」を話すことが「当たり前」の世界でした。

そして、高校卒業後に関東地方に進学したり、就職したりして「都会の空気」に触れたからって、同級生が皆で集まるような場面で「標準語」を使って会話しようものなら、

「あれなば、おぢまげでやざねっけなゃpout

(あいつは、カッコつけやがってダメだったよねpout

と、後々「糾弾の標的」となるのが常でした。

それが今となっては、誰も「おぢまげで」(カッコつけて)いる訳ではないのに、学校生活における日常会話が「標準語」が当たり前になってしまっているのが現実。その背景には、「ネイティブな秋田弁」を話すおじいちゃん、おばあちゃんと同居している家庭が少なくなっているという社会的構造があるのでしょう。

先日、私が「愛する我が故郷・秋田県大曲」に帰郷し、「花屋の若旦那」のもとを訪れた際にも、この現実が話題にのぼったのですが、我々はそこで

「こぇだば、秋田弁ねぐなってしまうんでねべがsign02coldsweats02

(これじゃあ秋田弁は滅亡しちゃうんじゃないだろうかsign02coldsweats02

という危機感を強く、強く抱いたのでしたdanger

そんな訳で、秋田県在住歴3年目の「パン職人」「秋田県への移住者」という立場から「秋田弁」の面白さや興味深さを色々な角度から書き綴っておりますが、今後私も「秋田弁のネィティブスピーカー」という立場から折に触れて「秋田弁」の魅力を紹介していこうと考えておりますconfident

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2013年10月14日 (月)

「曲中祭」の「大いなる秋田」に感無量になった件②

「大いなる秋田」は、第3楽章の「秋田県民歌」第4楽章の「県民の歌」「ヤマ場」があるのかも知れませんが、中学生時代にブラスバンドで「伴奏」していた私からすると、第1楽章も第2楽章も全部が「ヤマ場」なんです。

第1楽章「黎明」の冒頭、いかにも「夜明け」をイメージさせるイントロは自分にとっては最初っから「ヤマ場」な訳ですよ、ええ。

この第1楽章「黎明」には、軽快なファンファーレのようなトランペットのパートnotesがあるんですが、中学時代にブラバンでトランペットを担当していた私、このファンファーレのようなフレーズを死ぬほど練習した記憶あります。今思えば、中学生でよくあんな細かいリズムの演奏ができたもんだなと、我ながら感心してしまいますconfident

イントロで盛り上がってコーラスが、

「わがふるさとよ うるわしの故郷(くに)note

と始まると鳥肌ですね。今回の「曲中祭」でも、まずここで私は既にヤラレましたcrying

んで、第1楽章のコーラスが進むにつれて変調するフレーズがあるんですけど、ここがまた盛り上がるんですよね…。想いが深まるんですよ。

第2楽章「追憶」は、自分の幼い頃の情景が目に浮かぶようなメロディライン。何故か、小さい頃に可愛がってくれた祖父母の顔を私は思い出してしまうんです。文字通り「追憶」なんですよね。

私、この第2楽章「追憶」のなかでトランペットのベルにミュートをはめて演奏するソロをやたらと感情込めて吹いていた記憶、ありますね…。

第1楽章と第2楽章で高ぶった感情が第3楽章「秋田県民歌」で爆発してbomb、そして第4楽章「県民の歌」で、明るいメロディなのに涙が止まらないcrying。私は「曲中祭」のフィナーレではここ3年間、毎年毎年同じように感情が動き、勝手に涙を流しているんです。

こんなに「大いなる秋田」に対する想いが強い私、実は大人が演奏する「大いなる秋田」を一度も鑑賞したことがないんですよね。

『「大いなる秋田」は「曲中祭」で聴くもの』

そんな思い込みが私にはあるんです。一流の合唱団が一流のブラバンの伴奏をバックに演奏する「大いなる秋田」はきっと素晴らしいでしょう。素晴らしいに決まってますよね。

でも、トータルで40分間にも及ぶ大作を14歳とか15歳の少年少女が演奏すること自体がそもそも素晴らしいんです。一流の合唱団の完成された重厚な声で唄われるのはもちろん感動を呼ぶんでしょう。でも、「未来」や「希望」が感じられる中学生達のあの「若い声」で唄われる「大いなる秋田」が私は好きなんです。

そして…、今回の「曲中祭」で何よりも個人的に感激した理由は、私が30年前に経験したことを息子・Joeが経験できたからなんです。家族で「転勤族」の生活をしていた頃、私は我が子が自分と同じ中学校に通うだろうなんて夢にも思っていませんでしたが、今それが現実となっているんです。

演奏の素晴らしさ、希望に満ち溢れた中学生達の歌声、自分には「秋田という故郷」があるという歓び、そして我が子が30年前の自分と同じことを経験できたという現実。

「感無量」という単語がありますが、今年の「曲中祭」の「大いなる秋田」では、様々な「感動」が折り重なって、まさしく「感無量」でした。

世の中には、曲中生の「大いなる秋田」でこんなに「感無量」になっている大人がいるということを曲中生には認識して欲しいもんです…。

(この項終わり)

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2013年10月13日 (日)

「曲中祭」の「大いなる秋田」に感無量になった件①

この週末に「愛する我が故郷・秋田県大曲」に私が帰郷した目的は、私の母校であり、息子のJoeが通う大仙市立大曲中学校の学校祭である「曲中祭」のフィナーレ、合唱とブラスのための楽曲「大いなる秋田」の演奏を聴くためでした。

この「曲中祭」のフィナーレは、吹奏楽部の伴奏をバックにこの約40分にも及ぶ楽曲を3年生全員で合唱するのが「恒例」、というか「伝統」なんです。私も当然中学3年の時には、同じように「大いなる秋田」「曲中祭」のフィナーレで合唱したんです。

(あ、私は吹奏楽部に所属していたので、「合唱」側ではなく「伴奏」側でしたけどね…。coldsweats01

今年の3年生は例年よりも生徒数が少ないため、苦労があったようですが、本番では文句なく感動させられましたgood

というか、私はこの楽曲が大好きなんですよね。この楽曲を聴くと「秋田県人としてこの世に生まれた誇りや歓び」を改めて認識して胸がいっぱいになるんです。

だから、私は最初っから「感動する気マンマン」「涙を流すこと」を前提として会場に行っていたんですよね…。

第3楽章の「秋田県民歌」の歌い出し、「秀麗無比なる鳥海山よ」というフレーズで胸に込み上げるものを感じ、次のフレーズで「神秘の十和田は田沢と共に」という女声の旋律が入ると、前のフレーズで込み上げたものが「爆発cryingしてしまうんです。

第4楽章の「県民の歌」では、明るくアップテンポなメロディーラインなのに、何故か泣ける。理由が解らないけど泣けるんです。

あ~、なんだか「大いなる秋田」についての「想い」が盛り上がってきてしまい、「想いのたけ」を書き綴りたくなってきたので、今日のところはここまでにしておきますconfident

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2013年10月12日 (土)

今週末は自宅で

朝、「出稼ぎ先」を9時頃の特急に乗って出発train

昼前に東京駅を出発する秋田新幹線「こまち」に乗車。もちろんグリーン車です、ええ。

(グリーン車、これは感染症予防のために極力乗客の少ない空間を選んでいるだけですけど…)

途中、後ろの座席に座った「ちょっと偉そうな感じ」の男性が、飲み物の希望を聞きに来た客室乗務員に

「アルコールはないのか?」

と偉そうな「上からの口調downで聞いている様子が聞こえてきました。世の中、感じの悪い、品のないオジサマがいるもんですね。本当の「紳士」ってそうじゃないと思うんですけど…。

他のオッサンがどうあれ、「自分が周囲に良い印象を与えられたらいいんだbleahと気を取り直して私は優雅に車中の時間を楽しみました。

「秋田デスティネーションキャンペーン」真っ盛りの今、「愛する我が故郷・秋田県大曲」で降車する人々が多いこと多いこと…。プラットフォームは降車したお客様でビッチリと埋まっておりました。見ていて嬉しい光景でしたよnote

さて、ここ数日私はショクバでも「スキンヘッド丸出しflairで馴染み始めているのですが、愛用している「バンダナキャップ」に故郷の同級生である「刺繍職人」に少々の細工をしていただきました。

「stay strong」

ビシッthunderと入れてもらいました。

Dsc09967 Dsc09968

「手間賃はsign02

と聞くと、彼は

「死ぬまでながいぐしてければそれでいいなだ~happy01

(死ぬまで仲良くしてくれたらそれでいいんだよhappy01

と泣かせることを言ってくれました。

「手間賃無料」よりも「重み」のある「友情を感じる言葉」

故郷の友、ありがたいです。一生の財産ですね。帰郷初日はそんな「幸せ」感じました。

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2013年10月11日 (金)

退院後、病気に対する考え方が変わりつつある件⑤

「これから20年間、全力で生きる」

そう決心したことで心の整理はついたように思います。

いや、「ついたように思う」のではなく、心の整理をつけるためにそう考えたんですよね。

自分なりの人生の「〆切」を決めると、その「〆切」に向かって意欲的になることができます。

目標にした20年間という月日を無事に乗り越えることができたとしたら、65歳からの人生は「ボーナストラック」なんです。

「自分の人生」をひとつの「ドラマ」だと考えると、その「ドラマ」の主人公も監督も演出も、すべて「自分」です。

私は自ら望んでこんな病に向き合うことになったわけではありませんが、今こうして病と向き合うことは誰でも経験できるものではありません。私は「がん」に分類される病気にかかったことで偉くなった訳でもなんでもないですし、この事実を周りの人々に「ひけらかす」つもりも私はまったくありません。

でも、一日一日を一生懸命に生きて、この病に向き合っているからこそ得られる「経験値」を糧にして「自分の人生」という「ドラマ」の「本編」をまずは描いていこうと思うんです。自ら望んでそうします。

明日から3連休です。「太陽系最高の快適空間」でしっかりと心をリフレッシュして、「自分の人生」という「ドラマ」の構想をじっくり練ってきます。

(この項 終わり)

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2013年10月10日 (木)

退院後、病気に対する考え方が変わりつつある件④

「闘病」ってなんだろう?って自分が強く感じ始めているのに、記事の「カテゴリー」は何故か「闘病生活」になってしまってますね…。

さて、このブログを読んでくださっている方々の多くは、私という人物を直接ご存知の方だとは思うんです。私を直接ご存知の方が読んでくだされば、文字に表されている以上の私の「想い」をご理解くださっている方も多いような気がします。

そんな中で今日、故郷のとある同級生から昨日の記事についてご指摘をいただきました。

「残りの人生」じゃなくて「これからの人生」だろ!

と。

確かにその通りなんですよね。この病気に直面していて、私は少しも「悲観的な気持ちはない」のですが、同じことを表現するにしても「残りの」と「これからの」では、意味がまったく違いますよね。

「残りの」という表現をしたことに、私の心のどこかで「悲観的」もしくは「否定的」な考えがあったのかも知れませんね…。

それはさておき、私が「出稼ぎ先」に戻って来る日の二日前、先月の26日に「大曲昭和43年会」の仲間が私の為に「激励会」を催してくれた際に、一応形だけ「スピーチ」する機会をいただいたんです。

その時、私はその前日に甲府から大曲に向かう電車の中で巡らしていた自分の想いを少し述べました。

「治療を終えたとしても、その先は再発や他の臓器への転移の可能性も残される。だとしたら、これから20年間を全力で生きようと思う。今から65歳まで生きることができたら、同級生の皆と還暦の祝いもできる。会社に定年までいたら、65歳までは残り5年しかない。だったらやっぱり住宅ローンを返済したら定年まで会社なんかにいないで、さっさと大曲に帰って来て、皆と大曲を元気な街にして行きたい」

そんな意味のことでした。

正直言って、「これからの人生」の期間として設定した「20年間」には何の根拠もありません。本当に「感覚的」な数字なんです。「濾胞性リンパ腫」の生存率、諸説ありますが、もしかしたら「20年間」なんていう楽観的な数字ではなく、「10年間」かも知れません。

それでもいいんです。とにかく「自分の目標」としての「これからの20年間」だと考えればいいんです。

「20年間」という「期限」とか「〆切」を設定したら、あとは毎日を「全力」で生きて「全力」で楽しむといいんですよね。私がこれまでに何度か使っている表現、「生きることに貪欲になる」ってこういうことなんでしょうかね。

そして、これは例の「鉄人」「絶対王者」と呼ばれた人物の「引退試合」の実況からの引用ではありますが、

「諦めないこと、一生懸命生きること、本当の強さとは何か」

を私の人生に関わってくれたすべての人に、自分なりに伝えたいと強く思います。

こういうことって、なかなか人には伝わらないことかも知れないんですよね。でも、少なくとも私は自分の家族には絶対に伝わると信じているんです。

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2013年10月 9日 (水)

退院後、病気に対する考え方が変わりつつある件③

私が秋田大学医学部附属病院を退院した9月17日から「出稼ぎ先」の山梨県甲府市に移動するまでの約2週間、私は自分にとっての「太陽系最高の快適空間」である「愛する我が故郷・秋田県大曲」の自宅で家族と共に自宅療養生活を送りました。

この約2週間の自宅療養生活では、ほぼ毎日決まった時間に起きて家族で朝食を摂り、子ども達を学校に送り出し、日中は近所にある私の実家を愛犬・OREOと共に訪れ仏壇の前で祖父母に手を合わせ、両親とコーヒーを飲み…。

家族と一緒に暮らしていた頃でも、私は平日の夜に家族揃って夕食を摂ることは殆どできませんでした。でも、この自宅療養期間には「平日の夜に家族揃って夕食を摂る」という、世間一般ではごく当たり前の風景が我が家にも普通に見られるようになっていました。

「あぁ、これが普通の家庭の風景なんだろうなぁ」

そんな印象を強烈に持ったんですよね。少なくとも、私が高校卒業まで過ごした実家では「平日に家族揃って夕食を摂る」ということが普通の風景でした。

こうして、退院から職場復帰までの約2週間を自宅で家族と共に過ごしたということも、実は「治療の一部」でもあったのかなとは思うんですよ。

そんな中で、9月25日に今後治療を続けることになる甲府市内の病院の主治医から、私が向き合う病「悪性リンパ腫」(タイプ的には「濾胞性リンパ腫」)についての説明を改めて受け、そして移動の新幹線の車中で「がん患者と余命」に関する本を読み、自分の気持ちの整理がついたような気がするんですよね。

「濾胞性リンパ腫」というタイプは、悪性度は低く、病気の進行も年単位なんです。自分自身がそうであったように、自覚症状も殆どないんです。

しかし、強く叩いても治療効果が得られる類の病気でもないことから、「完治」はしにくいという一面も持っているんです。そして、一旦小さくなった腫瘍がまたぶり返す、いわゆる「再発」のリスクもゼロではないそうで…。

こうした様々な「情報」を自分なりに整理した結果、私は「病気の治療に前向きに取り組む」というよりも「生きることそのものに前向きになるためにはどうしたらいいのか」を本気で考えるようになったんですよね。

「この病気にかかった事実は覆らないし、まだまだ再発リスクも残されている。だったら自分の残りの人生、どうやったら前向きに楽しく歩んで行けるんだろうか」

って。

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2013年10月 8日 (火)

退院後、病気に対する考え方が変わりつつある件②

8月13日から9月17日までの36日間の秋田大学医学部附属病院での入院生活、ここでも何度も書いてきた通り、本当に貴重な日々でした。

とにかく、自分にとって「快適な環境」で治療生活を送ることを最優先に私は考えていたんですよね。そしてその「快適な環境」は、「自分で創り出すもの」だと思っていたんです。

「自分で創り出す快適な環境」というのは、特別な努力が必要ではなかったし、難しいことでもなかったです。可能な範囲で自分の「こだわり」を実行するだけなんです。

病院貸出のパジャマを着ないことも、必要以上にベッドの上で過ごさないことも、しっかりと食事を摂ることも、普段は買わないような経済雑誌を買って読むことも、病室内に常に心地よい香りを漂わせることも、そして担当の先生方や看護師さん達や看護助手の皆さん、病室の清掃担当のスタッフの方々、つまりは私の治療に関わってくださるすべてのスタッフの皆さんに常に最高の敬語と心からの笑顔で接することも、「快適な環境」を創り出すための「こだわり」だったんですよね。

そして、36日間の入院生活で私は殆ど「痛み」という苦痛をまったく感じることがなかったんです。「肉体的な苦痛」が一切なかった結果、「精神的なゆとり」が生まれて自分の「こだわり」にも無理なく自然に拍車がかかっていたようにも思えます。

また、手厚い医療保険に加入していたため、入院費用をはじめとした医療費全般に対する不安が一切なかったことも「精神的なゆとり」を更に広げていたんですよね。病気になった時の「お金」って、やはり大切なんですよね。

様々な要素が絶妙に絡み合って自分の気持ちは果てしなく前向きになり、「病気には負けない」とか「絶対に勝つ」とか、そういう積極的な言葉が自然と出るようになっていました。

「こだわり」の入院生活の中では、日常生活ではあんまり時間を割かなかった「読書」にものめり込みました。「のめり込んだ」という程ではなかったかも知れませんけどね。

何冊かの本から感じたことを自分なりに消化しながら、退院後の自宅療養生活で家族と貴重な時間を過ごし、その間にカイシャの産業医との面談があったり、「出稼ぎ先」の病院の主治医の診察を受けたりする中で、私の「悪性リンパ腫」に対する考え方や人生そのものに対する考え方に少しずつ変化を感じるようになったんです。

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2013年10月 7日 (月)

退院後、病気に対する考え方が変わりつつある件①

まぁ途中、1日半の休暇を取りましたけど私がショクバに復帰してから1週間が経過しました。

体力的には何ら負担感は少しもありませんけど、カイシャからの「命令」なので「18時退出」という、世間一般では、ごく当たり前の生活を営む機会を与えられているんですよね。

私がこの病を患って以来、入院中はとにかく気持ちを前向きに保つことだけを考え、「闘病」という言葉を好んで使い、病気に「負けない」とか「絶対に勝つ」とか、そんな「激しく勢いのある表現」を用いて自分の気持ちを書き綴る自分に酔っていた傾向もありました。

確かに、入院生活を送っていた頃の自分は、「こんな病気に負けていられない」という気持ちが強かったです。強過ぎましたね。

「病気と闘う」とか「病気に勝つ」って何なんだろう。

秋田の病院を退院してからの約2週間、大曲の自宅でのんびりと療養しながら、そんな考えが自分の中では徐々に大きくなっていたようにも思うんですね。

「病気と闘う」というよりも、「病気と向き合う」とか「病気と付き合う」とか、そんなスタンスが本当は正しいのかな?という気持ちにもなって来ているんです。

自分自身の気持ちを整理するという、「自分の都合」だけで今日からしばらくはそんなことを少しずつ書き綴っていこうかと考えています。

なので、もしかしたら今までのような、軽い調子で時にはチャラく、アホみたいなトーンの文章をしばらく引き出しにしまって置くかもしれませんが、そこはご理解ください…。

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2013年10月 6日 (日)

一日前に仕込んだカレーは旨い件

昨日作った「アマノッチの牛筋カレー」

一日寝かせました。いびきかいて寝てましたsleepy

そしたらこんな感じになっていました。

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だから食ってやりました。ごはんはもちろん玄米です。

Dsc09964

圧力鍋で煮ていないので、牛筋は「ブサブサボロボロ」にはなっていなくてsad、結構な歯応えが残っている感じでしたけど、それはそれで噛むほどに味が出てきて美味しいのですdelicious

やはり、「カレーは二日目から」ですねgood

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日曜日のお出かけの件

いやぁ~、イイ天気の日曜日ですsun

午前中は自宅で筋トレをこなして、成長ホルモンを全身に充満させた状態で有酸素運動をかねて自転車で片道20分弱の「武田神社」へお詣りに行って参りましたbicycle

本殿の鳥居の前で記念撮影をしている七五三祝いと思しき4人家族を発見。お父さんとお母さんが交替でシャッターを押していたので私、

「4人で撮りましょうかsign02happy01

と申し出ました。軽く感謝されてとてもいい気分で神社を後にした訳で、やっぱり日曜日っていいですね…。

その後、市内の百貨店で開催されている「北海道物産展」へ出撃dash

半年前まで暮らしていた地の、ちょっと懐かしい味を買い漁ってまいりました。

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↑「ルタオ」のドゥーブルフロマージュ、北海道限定「サッポロクラシック」、「きのとや」のチーズプリン、そして1個300円クラスの激ウマコロッケ

「心のどこかで」と言うよりも、「全力で」恋しく思っている
んですよね、北海道coldsweats02

そりゃ仕方ないさ、人間だもの…。

それにしても、今日は気温が30度を超えているここコーフsun。私は筋トレ直後のパンパンな体をタンクトップに包み、スキンヘッド丸出しで黒のサングラスをかけて駐車場から百貨店まで歩いて行ったのですが…。

すれ違う人々が皆、軽く私を避けて目を合わさないようにしていたように見えたのは気のせいでしょうかね…。私、「イイ人」なんですけどcoldsweats01

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2013年10月 5日 (土)

久々にカレーを作った件

病院から家に帰る途中、食料品を買い出しに出かけた私、今日は「牛筋のカレー」を作りました。久々にクッキングしたのです。

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↑スキンヘッドで玉ねぎを飴色になるまで根気よく炒める図

そもそもこの「牛筋のカレー」は、9月第1週に「おもてなし大好き芸人」をテーマにした「アメトーーク!」で紹介されたもので、「太陽系最高の快適空間shineに帰った時に「パン職人」が作って信じられないほど美味しいことが判明したことから、私も「出稼ぎ先」で作ってみようとトライしたんですね。

土曜日に調理したものの、これは一日寝かせて明日食べるというプランニングのもとに作ってみた訳です。

レシピはこちらを参考にしました。

美味いか不味いか…。それは明日判明しますが、ルウを入れる前の牛筋を煮込んだスープは、かーなーり期待できる雰囲気でしたgood

お楽しみは明日ですsign03

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2泊3日が終了した件

今日の午後、化学療法「第3ラウンド」を終えて退院、無事に帰宅しましたhouse

今後は、3週間に一度のペースで「通院加療がんセンター」にて外来にて治療を続けることになりますconfident

正直、今回の入院なんて「入院」のうちには入らないようなもんですけど、これも「区切り」なので今夜はささやかながら自分で自分の退院を祝いました。winebeer

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秋田に入院中に「キューピー3分間クッキング」で覚えた「茄子とタコのアンチョビ炒め」とか、マサカツおじちゃんのお家からいただいた「茄子漬」とか、「わいわい広場」でマイケルから買って来た「ポーランドのソフトサラミ」とか、「無印良品」のプレッツェルとか、最近何故か「フランスづいている」のでcoldsweats01カマンベールチーズと赤ワインとか(但し、ワインはチリ産ですけどね…coldsweats01

とにかく食べたいものを何の躊躇いもなく並べて独りで完食したのです。

こうしてこれから病に向き合う心を整えて…

まぁ、笑いながら生きていきますよhappy02

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今日は退院する件

おはようございますsun

やまなしの空はどんよりしていますが、オレの心は快晴ですsun

ホントは眠いんですけどね…sleepy

明け方から例のフランス人とのメールによるチャットが続きましてね…
こういう脳への刺激、悪くないですね。

さて、今日は間もなく点滴三連発がスタートして午後には家に帰る予定です。
昨日懸念していた、リツキサンによる発熱も今回はなく、順調ですsign03

さて、今夜は赤ワインと牛肉で「ひとり乾杯」だな~。

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2013年10月 4日 (金)

第3ラウンド初日終了の件

本日、化学療法「第3ラウンド」初日が終了しました。
今のところ、順調ですね…。

順調と言いつつも、漠然と感じられるこの「アウェー」な感じは一体何なんすかね…。

主治医である女性の先生とは、なかなか良い会話していて良好な人間関係を一瞬で築き上げましたよ。
私のこの体型や風貌に
「何かスポーツやってらっしゃいますよね」
と食い付いてきた先生に私も
「あっ、見破られましたか!先生もマラソンか何かやってらっしゃいますよね」
と逆襲したところ、マラソンどころかトライアスロンをやってらっしゃるそうで…。
先生、私が山梨にいる間にバイク(自転車)を始めることを勧めてました。

こんな「オレ好み」の会話を主治医とできても感じる得体の知れない「アウェー感」。
故郷の「老舗菓子屋の若旦那」がFacebookでくれたメッセージの通り、
「アウェーでの一人の闘い」
ではありますが、乗り越えますよ(^^)v

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昨夜は爆睡した件

おはようございますsun

昨日は結局、今後私が外来治療を受ける「通院加療がんセンター」の見学以外は何もすることがなく、地味な初日でしたね…。しっかり爆睡しときましたsleepy

個室、まあいいんですけど秋田の病院よりも「病室っぽい」っすね。壁の色の殺風景な感じとか、本来の「病室らしさ」がたっぷり滲み出ているんです。

病室も看護師も秋田の病院の方が綺麗だったなと思いつつ、今日もオレの心は快晴ですsun

のんびり行きましょsnail

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2013年10月 3日 (木)

何故かまた入院している件

化学療法の「第3ラウンド」に臨むに当たり、主治医に何故か入院を勧められるがままに私、先程入院しました。もちろん個室で、ええ。

パソコンの持ち込みができない病院なんで、あっさり目の記事がしばし続きますがご了承を…。

様子を伺う為に電話をくれた「パン職人」に、

「担当の看護師がまたしても美人なんだけどさぁ、マタニティーの白衣着てて何故か俺テンション下がっちゃったよ~」

という感想を伝えた途端に、呆れられました。

でも、流石にやっぱり私の妻。

「イケメンを見て結婚していることを知るとガッカリするのと同じ感覚かしら…」

と同意してくれてましたね~。

まぁ二泊三日というショートステイですが、化学療法第3ラウンド、のんびり行きますか~(^^)v

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2013年10月 2日 (水)

「絵心」を感じた件

カイシャに復帰して2日目、体力的には何の問題もない訳ですが、やはり全体的に「勤務モード」になるにはもう少し時間が必要なんすかね。

午後6時には勤務終了となる私、「制限付勤務時間watchを最大限に活かして帰宅後はガッチリ筋トレできますけどね、ええconfident

決して重い負荷を使う訳ではありませんが、今日もガッチリと大胸筋に効果的な刺激、与えました。

さて、先月退院後に私が「太陽系最高の快適空間sunで自宅療養していた時の話ですが、リビングに置いてあったサインボード(「パン職人」の教室用のヤツsign02)にこんなイラストが描かれていました。

Dsc09949_2 Dsc09948

愛娘・Anna
の作品です。正直言ってこのイラスト、かーなーり「パン職人」の特徴を捉えていて、笑えるほど似てるんですhappy02

私にはない「絵心」を感じてしまったという、どーでもいいお話でした。おしまいnote

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やまなしのテレビは不思議な件

おはようございますsun

出社の時刻まで制限を受けてる私、まだ家で寛いでおりますcafe

毎朝、「ZIP!」を見ている訳ですが、「ZIP!」からの朝8時は「スッキリ!!」に移行するはずですよね…

ところがここ山梨では、日テレ系の地方局では何故か「ZIP!」からの朝8時はテレ朝系の「モーニングバード」に展開するんですwobbly

その一方でテレ朝系の地方局はないので、関東受信圏内ということでテレ朝をダイレクトで受信・視聴が可能な山梨。

この時間帯は、どういう訳か異なる2つのチャンネルで同時に同じ番組が放送されています。この無駄な感じ、何なんすかね…bearing

とりあえず、そろそろカイシャ行きますcardash

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2013年10月 1日 (火)

「57日振り」な件

8月初旬に「長期欠場」に入って以来、私、今日遂にカイシャに復帰しました。

正直言うと、さすがにカイシャの建物に足を踏み入れる瞬間までは何故か「体験したことのないような緊張感coldsweats02を覚えておりましたが、自分の席に座って1時間もするとあら不思議sign03

何事もなかったような気分になれるもんですね…。

実に「57日振り」の出社でしたが、これからのカイシャ生活ではこの「57日間」の重みを自分なりに表現できたらいいかと。さりげなく、ですけどねcoldsweats01

しばらくの間は私、午後6時にはカイシャを退出しなくてはなりませぬ。

帰宅してテレビのスイッチを入れると、入院生活の頃から日課となってしまっていた日テレ系の「news every」を見る訳ですが、ローカルニュースの時間帯には当然のことながら山梨の放送局のアナウンサーが画面に現れます…。

入院中に私がいつの間にか「ファン」になってしまっていたABS秋田放送の椿田恵理子アナウンサーの姿はそこにはありません。至極当然なのですが…。

このお方、「小学校の保健室の先生」という職歴があるそうですが、こんな保険室の先生がいたら、仮病使ってでもしょっちゅう保健室に行きたくなりますよね…bleah

そんなことはさておき、今日は「太陽系最高の快適空間shineに置き忘れてきたプロテインやジーンズが秋田の味噌やあきたこまちの玄米と共に段ボール箱に入って送られてきたのですが…。

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なんと、その段ボール箱は愛娘・Anna落書き入りでしたsmile

こういうセンス、なかなかいいと思います。

「宅急便の新しいカタチ」ですかねhappy02

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