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2012年10月

2012年10月31日 (水)

10月が終わる・・・

特に意味もなく10日ばかり更新をサボりました。気付くと10月も終わりです。

その間、先週末は「愛する我が故郷・秋田県大曲」に帰り、叔父が主催する「第3回収穫祭」なるイベントに出席したり、「誇るべき仲間達・大曲昭和43年会」の面々と酒を酌み交わしたり、普段は「絶対にしないban飲んだ後の深夜のラーメンという「暴挙」に出たり、町内会の清掃活動に参加したり・・・。

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それはそれは充実した2日間を過ごして参りました。

休み明けは何かと多忙な日々に逆戻りしていますが、ひとつひとつ振り切りつつ今夜は「カイシャから大西ジム直行」という「王道」を辿ってまいりましたscissors

ジムには今日もいましたTW氏。同年代の熱い男です。

私はいつものようにジャンピングスクワット、縄跳びでウォームアップを完了させてから彼とのマススパーリングを4ラウンド。

今日も「まだまだ強くなれる可能性」「まだまだ進化できる可能性」を実感できる、凝縮されたノンストップ全力疾走の正味45分間を過ごすことによって、日中のカイシャ生活で蓄積された精神的なストレスを一掃できました。

日本のサラリーマン社会では、お互いを良く知るための手法として「酒の席」を活用します。いわゆる「飲みニケーション」ってやつでしょうか。それはそれで私は否定しません。

でも私は今日ふと気付いたんです。

「一緒に酒飲むことがすべてじゃない」

と。そもそも、酒を飲まないと本音を語り合うことができないなんて、本当のコミュニケーションじゃないと思うし。

格闘家同士って、リング上でグローブを合わせたり、マット上で組み合ったりするだけで気持ちが通じるし、練習後には感じていることを曝け出して「鬱陶しいほど熱い会話」ができたりするんです。

やはり私は、「こんなオレ」を辞められないんですよね・・・coldsweats01

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2012年10月22日 (月)

玄米な日々

最近、低GI食品のひとつと言われる「玄米」を好んで食べています。

「玄米」の栄養価はなかなかのものです。個人的には、勝手な都合で「玄米」を「炭水化物」とは位置付けず「野菜」として位置付けてガンガン食べています。

昨日はこんな状態にして食べてみました。

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千切りキャベツの上に乾燥わかめ、塩昆布、アボガド、ネギを乗せて胡麻油を少々かけ、そこに炊き立ての「玄米」。そして白菜キムチを添えて「おかずラー油」をパラパラかけてさらに鰹節を無造作にふりかけます。最後は塩コショウで味付けした道産の豚肉のロースをpig

見栄えはそんなに良くはないですが、これは癖になりそうな味です。

こんな食事を摂った翌朝、つまり今朝、私は「玄米のパワー」を体感することになりました。正直、大腸ごと体の外に出てしまったかと思いました。

玄米な日々、ヤメラレマセンhappy02

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2012年10月21日 (日)

「ギラつき」

ナース「ここを揉んだりしないでくださいね。今夜はお風呂spaに入って大丈夫ですからconfident

オレ「運動してもいいですかsign02

ナース「あんまり激しい運動は控えた方がいいですよ」

オレ「でもやっちゃうかも…」

これ、昨日インフルエンザの予防接種を受けた瞬間のナースとの会話です。ここでの「宣言」通り、昨日は昼前に「大胸筋への集中砲火impactを浴びせ、午後からはしっかりと「大西ボクシングジム」で1時間程度の「激しい運動」をこなした私、今朝目が覚めると左上腕に明らかに違和感を覚えました。

Dsc00074注射したとこ、ガンガンに赤く腫れてますwobbly。ナースの言うことを素直に聞いとけば良かった…sad

さて、パソコンの外付けハードディスクに保存していた画像がフォルダごと何故か消失していることに気付き、ハードディスク内を探しまくっていたところ、青森在住時代に出場していた試合(金網の中での総合ルール)の動画を発見flair

懐かしくなり、その当時のブログを読み返してみました。

 ・初めて「金網」に出た時

 ・「金網」でジャーマンやった時

我ながら、かなり「ギラつき」が感じられる文章でした。こういう「ギラつき」、やはり格闘競技者としては失ってはいけないものだと改めて感じております。

一方、昨日今日は小倉で開催されている「B-1グランプリ」に「愛する我が故郷・秋田県大曲」の仲間達が「大曲納豆汁」 を引っ提げて乗り込んでおります。

本日放送されるフジテレビ系「Mr.サンデー」で特集枠があるそうで。今夜も「憂鬱じゃない日曜夜night」になりますね…。

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2012年10月20日 (土)

予防接種

すっかり寒くなりました。

インフルエンザの季節が近づいています。

ということで、今年も行ってまいりましたインフルエンザの予防接種hospital

病院によって値段がバラバラと言われているこの予防接種、今年もここトマコマイ市内ではおそらく最安値と思われる近所のとある内科医院へ。

世間一般では毎月25日が給料日の企業が多いらしく、給料日直後は家族ぐるみで予防接種を受けに来る人々が多いそうですが、今日は待合室には誰もいなく、待ち時間ゼロで処置室へ直行させられた私、左腕を剥き出しにするとお約束通り上腕二頭筋と三頭筋を交互にパンプアップdash

それを見てもノーリアクションでスルーして注射の針をブチ刺す看護師さん。

「大丈夫ですか〜sign02

と表面上の質問をする看護師に

「えっ針刺したんですかsign02気付きませんでしたhappy01

と、多少のサービス精神を見せる私。

20121020何はともあれこれで今年も流行に乗らずに冬を乗り越えることができるでしょう・・・。

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2012年10月18日 (木)

父親との会話

昭和12年生まれの私の父親は今年75歳になりました。

教員を退職して15年。退職後に始めたゴルフにのめり込み、生まれつきの運動神経の良さ、運動センスの良さにモノを言わせて腕は上達しました。

体育を専門科目とする教員だった頃には、父親は小学校や中学校で運動部の顧問になっては、自分の専門競技でなくてもどんな競技でも少なくとも地区大会では優勝するようなチームを作っていました。

私が幼少の頃は、父親は部活に熱心になるあまり、休日の家族サービスなんて殆どありませんでした。

大好きなお酒が原因で、今思えば家庭崩壊の危機を招いたこともあったような気がします。一緒に暮らしていた頃は、私にとっては「窮屈な存在」でもありました。

父親はハンドボールの選手として国体出場経験が二度あります。私はレスリングで国体に出場したことなんか一度もありません。

父親は41歳の時に家を新築しました。私が家を新築したのは44歳を目前にした今年の春でした。

この親のおかげで大学まで行かせてもらって、人並みの社会生活ができている自分、やっぱり一生かかっても「親父越え」ってできないんでしょうかね・・・。

今日、久々に父親と電話で話をしました。電話の最後に、私は父親にこう言いました。

「頑張れよhappy01

と。

おそらく父親は持ち前の楽観的な性格で頑張れると私は思っているんですよねhappy01

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2012年10月17日 (水)

「放課後」は・・・

一雨毎に秋の深まりと冬の気配を肌で感じる日々になってきたここトマコマイ。今日も夕方から外は雨模様でしたrain

午後8時。カイシャを後にする頃にはまだ小雨降っているし、眠たいし心が折れそうになる訳ですよsad

でも、たとえ正味30分の時間でも「あの空間」に身を置くことが、どんだけ自分にとっては「心の健康」を保つことができるのかと自分に問いかけると、

「オレ、一般人じゃねぇし」

って、魂が自分に言い聞かせて体は勝手に「あの空間」に向かってしまうんですね・・・。

そして「その空間」に到着すると、TW氏が黙々とサッドバッグを打っていたりして、私の姿を見つけると嬉しそうな顔してくれるhappy02

練習相手にもなってもらったり、カイシャなんかでは絶対に誰にも理解されないような「闘う男の会話」もできたりする。

この男、残り少ない私のトマコマイ生活で間違いなく、かーなーり重要な存在になりますねgood

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2012年10月13日 (土)

しつこくてスミマセン・・・

先週、「愛する我が故郷・秋田県大曲」に帰郷していた際に訪れた大仙市立大曲中学校の文化祭である「曲中祭」で感動させられた「大いなる秋田」

やはり、他にもアップされた動画を発見しましたflair

四楽章すべてが終わった後の二度目のアンコールで演奏された第三楽章「秋田県民歌」です。

全校生徒746名の若々しい歌声が本当に心の底に強く響きました。

演奏終了後は観衆の拍手は鳴り止まず、感動の深さが伝わりました。そして、指揮者の先生に促されて演奏した生徒達も皆で拍手する姿が印象的でした。

あの生徒達、自覚はしていないかも知れませんが本当に幸せ者ですよhappy01

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2012年10月11日 (木)

横手やきそば

数年前の「B-1グランプリ」で一等賞を獲った「横手やきそば」

高校時代の3年間、横手に通っていた私ではありますが、当時は「横手やきそば」の存在なんか全く知りませんでした。

先日「愛する我が故郷・秋田県大曲」に帰郷した私、「出稼ぎ先」に戻って来る時に秋田空港の売店で、無性に「横手やきそば」を食べたくなり、買ってしまいました。

Dsc00073焼きそばと言えば思いっ切り炭水化物ですが、今週は二度も夕食で「横手やきそば」を食してしまい、私は罪悪感に支配されてしまっています。

モチモチでボソボソした感じの麺に絡む卵の黄味とアクセントになる福神漬が何とも言えない・・・。ちょっと癖になってますcoldsweats01

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2012年10月 9日 (火)

閃き

昨日の午後、自宅のガレージで軽くトレーニングを行なっていた私、ガレージの奥に立てかけられた「大曲昭和43年会」の「手板」が目に飛び込みました。

私には「大曲昭和43年会」という最大・最高・最強の「財産」があります。

私が生活の拠点を大曲に移そうと決意したのは、あの「一生の仲間達」がいるからでした。

昨年、私が入院していた時も退院してからも彼らにはたくさんの勇気や元気をもらいました。

そこで私の頭の中で、あるアイディアが閃きました。

「復活のリングには彼らと共に向かい、彼らと共に闘いたいsign03

と。

閃いたアイディア、構想の詳細はまた追って…。

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2012年10月 7日 (日)

746名の大合唱!

息子・Joeが通い、私の母校でもある大仙市立大曲中学校の文化祭「曲中祭」へ。

「お目当て」は古くから「曲中祭」で歌い継がれている恒例の「大いなる秋田」の大合唱でした。

「大いなる秋田」は、この「曲中祭」では例年3年生全員によって合唱されていましたが、創立50周年を迎えた今年は全校生徒746名による大合唱でした。

もともと、ブラスバンドと合唱による楽曲として創られた「大いなる秋田」の伴奏は、今や全県大会でも金賞の常連となった大曲中学校の吹奏楽部。

Dsc00068_2毎年毎年、3年生だけによる合唱でもかなりの感動を味わえるのに、今回は700名を超える全校生徒による大合唱です。すべての観衆は、「大いなる秋田」の大合唱をお目当てにしているようで、会場は驚く程の満員。

私は、校舎に足を踏み入れる前から

「鳥肌立てる気マンマン、そして泣く気全開」

でした。

思えば今から約30年前、私はこの中学校の吹奏楽部の一員として「大いなる秋田」の伴奏をしていました。それだけに、この曲に対する私の「想い入れ」は強烈なのです。

そもそも「泣く気全開」だった私は、第3楽章の「秋田県民歌」のメロディーを聴いて人目を憚ることなく涙を流しました。

そして、第4楽章。746名の若々しい歌声に魂が揺さぶられ、全身に鳥肌が立ちました。おそらくプロの合唱団による「大いなる秋田」もきっと素晴らしいのでしょうが、中学生の若々しい声で歌うから感動も大きくなるような気がします。

夜、いつもの仲間達(「大曲昭和43年会」の面々)と集まる機会がありました。そこでも、ある同級生が言いました。

「秋田県民歌(第3楽章)を聴くと、秋田県に生まれて良かったと思うし、秋田県に生まれたことを誇りに思う」

と。私も全く同感です。

昨日、多くの人々に感動を与えた746名の中には、もしかしたら「やらされている」と思っている生徒も多いかも知れません。「大いなる秋田」の本当の良さをまだ理解できていない生徒も多いかも知れません。

仮にそうだとしても、将来「秋田県に生まれた喜び」を必ず理解できる日が来るはずです。また、そう思える気持ちを育てることが秋田県の大人の責任だと思います。

今回の帰郷でもまた、私は秋田県民として生まれた喜びや誇りを心に刻むことができました。秋田県、最高です。

「大いなる秋田」について検索してみたら、「カネトク」の三代目社長も3年前にそのブログで記事を書かれておりました。こちらでも「大いなる秋田」への熱い想いがバンバン伝わってまいりました。

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2012年10月 6日 (土)

「あなたとなら生きて~ゆける~♪」

三連休初日、青森勤務時代のカイシャの後輩(女子)の結婚披露宴に招かれて新千歳空港から青森空港へairplane

私が青森を離れてから3年半も経つのに、結婚披露宴に呼んでいただいたことのありがたさを深く噛み締めながら出席してまいりました。

披露宴会場に入る前には、その施設に就職した青森商業高校レスリング部のOGとバッタリ。すっかり垢抜けて美人になった「元女子レスラー」の姿に感激しました。

そして、披露宴会場には、懐かしい顔、顔、顔・・・。

青森を離れてからの3年半の月日はあっと言う間に埋められ、「あの頃」の風景に戻ることができました。

Dsc00055 花嫁がウェディングドレスを着ない、着物だけで通す最近では珍しいパターンの披露宴ではありましたが、センスの良い映像を駆使した演出がとても素敵で、素晴らしいshine

終盤に流れた「家族になろうよ」を聴きながら、こんな素晴らしい楽曲ができた時代に結婚できる若者たちを羨ましく思いました。お幸せにnote

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2012年10月 4日 (木)

向上心

昨日の話。

私はカイシャを午後8時過ぎに出て、「大西ボクシングジム」に直行しました。

いつものように正味30分程度の練習時間だとしても、カイシャの帰りにあの空間に身を置いて、肉体的なストレスをかけることで日中にカイシャで蓄積した精神的なストレスをリセットすることが大事なのです。

昨日は同年代のジム仲間・TW氏にミットを持ってもらって様々な細かいアドバイスを受けました。

一年以上のブランクを埋め、更に高い技術を身に着けている自分自身を実感しつつ、私はこんなことを思いました。

「もっと強くなりたい、いや、もっと強くなれる」

と。

人間、「向上心」を持つことに年齢や環境が障害になることなんてないはず。

そう信じて、これからも日々進化を続けます。

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2012年10月 3日 (水)

「美人過ぎる女子ゴルファー」

特に理由なく更新しない日々が続いてしまっていますが、最近私はカイシャの仕事の関係で「美人過ぎる女子ゴルファー」 と評判の高い選手とお会いする機会がありました。

私自身はまったくゴルフはしないのですが、カイシャが主催するゴルフイベントの中で、その選手の正確なティーショットを見て「プロフェッショナルの技術」を感じておりました。

イベントの前後を通じて、私はその選手の「ボディガード」「付き人」「マネージャー」のような役回りをしていたので、様々な会話をする機会がありましたが、その選手は私の醸し出す「格闘家オーラshineを感じ取ってくださったようで、私が格闘技に打ち込んでいることを明かすと妙に納得していました。

ゴルフ場から空港までは、「チョロQ」のような私のクルマでその選手をお送りしたのですが、空港までのドライブ中、コンディショニングやトレーニングについて様々な質問を受けた私、

「プロのアスリートとこんな会話できるオッサン、あんまりいねぇだろうなscissors

と軽く自己満足に浸っておりました。

何はともあれ、「応援しなきゃならないアスリート」がまた一人増えました。

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